EXTRA:特集企画

<制作スタッフ インタビュー>

第4回 プレイヤーから見た『クレギオン』の誕生と変遷(クレメント氏インタビュー)

『クレギオン#1 遙かなるアーケイディア』(以下、『#1』)のグランドマスターを担当した大宮亮氏に続き、プレイヤーとして『#1』から『クレギオン』に参加してきたクレメント氏に、『♯1』誕生当時の様子と、『クレギオン』の魅力や変遷について詳しく語っていただいた。

――まずは『#1』がスタートした当時のことを教えていただけますでしょうか?
 

クレメント 1989年の終わりだったか90年の頭だったか、横浜のあるゲームサークルが商業ベースでPBMを始めるということで、マスターを募集していたんです。同人PBMのゲームマスターを中心に、マスター経験のないプレイヤーたちにまで声がかかっていたようで、声をかけられた同人PBMのマスターが次々に同人でのマスターを辞めて行くという現象が起きました。
それまでのPBMもみんな楽しんではいましたが、かゆいところに手が届かないというか……。不満が大なり小なりあって、「文句を言うくらいなら自分で自分のやりたいゲームを作ろう」と誰も彼もが同人活動に走っていた時期です。
そんな時期に「プロとして仕事をしないか」と声をかけられたわけですから、彼らとしては本望ですよね。
元々はプレイヤーだった彼らが、今度はプロのゲームマスターとして自分たちの考えた面白いシナリオや、誰でも楽しめる新しいシステムを提供してくれるということですから、プレイヤーとしては期待するしかないじゃないですか。



――それは否が応でも期待してしまいますね。


クレメント そうですよね。もう少し当時の様子をお話しすると、90年の8月に東京で『たかまぁ亭』というPBMが好きなゲーマーたちによる合宿イベントが開催されました。2泊3日の日程で旅館を貸し切りにし、PBMからシミュレーションゲーム、パーティーゲームまで、みんなが好きな作品について語り合い、プレイして、飲んで騒いで……。
こんなイベントを、メーカーや出版社の主催ではなく、プレイヤーの有志が企画したんです。
参加者は100人だったか200人いたかな?



――プレイヤーの有志によってそんな大規模なイベントが開催されていたんですね。


クレメント このイベントで『#1』のプロモーションが行われました。先ほど説明した横浜のサークルを母体とする運営会社(ホビー・データ)の代表である雑賀寛さんや、『#1』でグランドマスターを担当された大宮亮さんらがプレゼンをされ、事前プレイへの参加者の募集も行われました。
そのプレゼンで「『クレギオン』はスペースオペラだよ」と発表された時は会場がおおいに沸きましたね。当時は商業PBMというと、それ以前には現代ホラーものの『ネットゲーム’88』(注1)と、巨大学園ものの『ネットゲーム90 蓬莱学園の冒険!』(注2)が動き始めたころでしたが、プレイヤーの中にはテーブルトークRPG(以下、TRPG)の王道とも言えるファンタジーやスペースオペラをやりたいとう人も多くいたんです。
僕ももちろん、エントリーしました。参加しないわけがない。
その直後に刊行された、TRPGなどを扱う雑誌『RPGマガジン』の10月号No.6では、『ジャパニーズRPGのニュートレンド』という特集記事のトップで『#1』が紹介されていて、「こりゃスゴいゲームになりそうだ」と期待が高まりました。



――クレメントさんは『#1』をどんな作品だと感じられたのでしょうか?


クレメント 冒頭でお話しした通り、プレイヤー経験のあるゲームマスターがシナリオやシステムを作った作品なので、「プレイヤーとしての想いが詰まった作品」だと感じました。
ユーザーフレンドリーというか、デザイナーが「こんなシステムなら良かろう」と考えて作ったのではなく、プレイヤーが「自分はこんなゲームで遊びたかった」というアイデアを押し込めて作った作品と言えばわかりやすいでしょうか。
その分、荒削りだったと思いますし、上手くいかなかった部分もあったと思いますが、『クレギオン』はその後、2作目、3作目と続く中でブラッシュアップされて安定して行きました。



――プレイヤー出身のゲームマスターがユーザーフレンドリーな作品をリリースし続けたからこその安定ということですね。


クレメント そうですね。僕らは、PBMの運営会社について話す時、『クレギオン』を運営するホビー・データを「安定のホビー・データ」と呼んでいました。



――クレメントさんが『#1』で特に思い出に残っていることはどんな出来事でしょうか?


クレメント 僕はカミーユ・クレマンというという77歳の女傭兵でエントリーしていました。それまでのゲーム仲間も多数参加を決めていたので、「同じ一族の出身という設定にしようぜ」と呼びかけて、クレメント一族を名乗っていました。
英語読みでクレメント、フランス語読みでクレマンとか。
そんなきつい縛りはなくて、全然名前が違っても「姪っ子の旦那」とか理由をつけて最終的にはなんでもOKにして、所属陣営も関係なしと、なし崩しになりましたが、もともとは徒党を組んで数を頼みに何かしようという気はなくて、ただ単にどこかで自分と同じ名前の奴と出会って、話していたら遠い親戚だと分かって……みたいなことがあったら面白いなぁ、程度でした。
「辺境宇宙の開拓初期からの一族であり、あらゆる星系に散っている。互いに連絡を取り合い近況を報告し合うことは多いが、協力して何かをすることはない大家族」ということにして、あとは好き勝手にやろうということにしたのです。



――共通の設定を作って仲間同士でロールプレイをされていたんですね。


クレメント はい。特に何をしろという話はなかったのですが、そこからドラマも生まれました。戦場で撃ち合っている宇宙戦艦の双方に一族の人間が乗っていて、戦死した方の遺児の引き取り手を他の家族で手配したりとか。
その結果、どういうことになったかというと、辺境宙域のそこかしこにクレマンだのクレメントだのクレメンティーノを名乗るキャラが跋扈するようになり、最後にはゲームマスターからマフィア呼ばわりされるようになりました。



――マフィアというのは穏やかじゃないですね……。クレメントさんからゲームマスターに抗議されたりはしなかったのでしょうか?


クレメント もちろん、抗議しましたよ。「集団で何か陰謀を企んでいるわけじゃなくて、ただあちらこちらの国の軍やら政界やら財界に親戚がいるだけで、たまに近況報告するくらいです!」と。そうしたら、「それがマフィアです」と一刀両断されましたけど。



――当時はPBM黎明期だったこともあり、マスターの個人的な判断でプレイヤーに対応する場面が多かったと聞きますが、今からすると考えられない出来事ですね……。クレメントさんご自身は『#1』でどんなプレイをされていたのでしょうか?


クレメント 自分のキャラは、『グレイッシュ・デュー』という探査船に護衛として乗り込んで、舞台となったアレイダ宙域を飛びまわっていました。探査ということで一か所にとどまらないので、訪れた先々で起きている事件に深く関わることはありませんでしたが、不思議と各シナリオの中心部を縦断する展開となっていました。
軍と海賊の激戦下の宙域を突破し、遭難船の乗員を救助したり、船客としてメインストーリーの重要人物を迎え入れたりしたあげく、最後にはちゃっかり『アーケイディア』(注3)に到達するという荒技を披露して、遭遇した事件を一通り解説すると、『#1』全体のおおよその物語となるような、まさに物見遊山でした。



――クレメントさんのプレイスタイルは、新しい『クレギオン』で企画・原案の月島総記さんが提案するひとつのプレイスタイル(注4)そのものですね。そんな新作に連なるプレイスタイルを確立されたクレメントさんですが、『クレギオン』のその後のシリーズ展開についてはどう思われていたのでしょうか?


クレメント 『たかまぁ亭』での制作発表では、プレイヤーの側から「サイボーグをやりたい」、「超能力者はできないのか?」といったような希望はいろいろありましたが、「恒星間を移動できる宇宙船はあるが、その他については原則として現代社会とほとんど変わらない世界」という回答でした。それでみんな文句を言いつつ「そういう世界なんだな」と納得しちゃったんですね。
"地に足のついた未来図"と言いましょうか……。
それが『#3』、『#4』と続く内に、プレイヤーの要望がどんどん取り入れられて行きました。実際の舞台裏はどうだったかわかりませんが、前述のようにホビー・データはユーザーフレンドリーを重視しており、「プレイヤーのやりたいことありき」みたいなところですから。
『#2』あたりで『クレギオン』から離れた知り合いのプレイヤーは、『#5』や『#6』の様子を見てびっくりしちゃってました。「サイボーグはいい、超能力者や宇宙人もいい。もともとプレイヤーからもプレイしたいと要望があったんだから。でも、番長とかカエルってなんだよ?」と(笑)。
もはや『#1』とはまったく別物と言ってもいいですよね。
でも、宇宙は広いし、人類の宇宙進出から宇宙の終焉まで描いた『クレギオン』ですからね、
いろいろあった方が面白いじゃないですか。



――そうですね。『クレギオン』には様々な設定を内包できる懐の深さがあって、結果的に幅広い層のプレイヤーに支持されるようになって行ったのだと思います。そんな多くのプレイヤーに愛された『クレギオン』ですが、クレメントさんご自身は『クレギオン』にどんな魅力を感じていたのでしょうか?


クレメント 宇宙の中では一人の存在はちっぽけなもので、できることは多くないけれど、そんな一人一人の活躍が集まることで歴史を大きく動かすことができるところでしょうか。
誰か一人のヒーローの活躍ですべてが決まるゲームではないんです。
普通の人々の意志が集まって、巨大なシステムの暴走を停めたり、荒廃した星の経済活動を活性化させたりと、世界を変貌させる面白さがあると思います。
もしかしたら、誰か一人の宇宙船パイロットの英雄的な活躍でラスボスが倒されるかもしれない。
でも、そのパイロットが活躍するのと同時に、そのパイロットが乗る宇宙船を調達した補給担当者がいて、設計した技師がいて、ラスボスの位置を突き止めるために偵察した者がいて、敵の増援が間に合わないよう身体を張って食い止めていた者がいて……。
『クレギオン』はどの作品でも、そういった「一人一人が主人公なんだよ」と語るところを最終的な目標にしていたんだと思います。
もちろん、出番が少ないまま終わっちゃうことも大いにあり得ますが、それでも「そこで自分が何をしていたか」について、自分を主役として語ることができるんです。



――最後に新しい『クレギオン』に参加するプレイヤーにメッセージをお願いします。


クレメント プレイヤーが主役になるという意味では、何十人、何百人と集まってプレイするPBM(PBW)は、数人でじっくり語るTRPGには勝てない気はします。
でも、その代わり、自分が大きな世界の一部であり、その中で自分の役割を見つけられたら、それは何ものにも代えがたいトロフィーになります。
『#1』から30年。さらに磨きのかかった『クレギオン』で、それぞれの英雄譚を見つけてもらえたらと思います。



INTERVIEW / TEXT:斎藤ゆうすけ



注1……日本初の商業PBM。詳細については第3回の大宮氏インタビューを参照。


注2……『ネットゲーム’88』を運営していた遊演体による巨大学園を舞台にしたPBM。絶大な人気を博し、その後、TRPG、コミック、ライトノベル、ドラマCDとメディアミックス展開されることとなる。


注3……全ての人類発祥の惑星。詳細について本サイトの”HISTORY:作中歴史”を参照。


注4……月島氏の提案するプレイスタイルについては第1回インタビューを参照。